たまごかけごはん

リトリーブサイコセラピーを勉強中(プロコース卒業済み)です。講座で勉強したことや、自分のあゆみを振り返ってまとめています。

大人になってこんなにも「怖い」という感情を感じたのは初めてでした

カズ姐さんの「リトリーブサイコセラピー基礎コース」に通うことに決めた時も、講座の初日も120パーセント、自分の問題には無自覚だった。

これは、今後何回も言うと思うけど後日カズ姐さんに
「捨てられた犬のような目をしていた」と言われたのは今でも忘れない。
(決してダンボールに入ってる子犬をさしてるわけではなく、野良犬という意味だとのこと)

講座の中のシェアタイムに、自分が将来的にどうなりたいか、をシェアすることがあり、私は確かそのとき『自分を分裂させるのをやめたい』って言ったと覚えてます。
なぜそんな不思議なことを話したのか、あの時は全くわからなかったんですが、ずっと後からわかったのですが、わたしは結果的に解離が激しかったので、無意識が話してたんだろうなと、いまは分かります。

リトリーブってすごい。
あの場にいて話をするだけで、自分では無自覚で30年以上生きていたのに。すでに少しずつ扉は開かれていたわけです。



◆2015年11月18日

1日目も2日目もオープン*1の時に
人生で初めてものすごい恐怖に襲われてどうにもならなかった*2
みんなのようには、自分の中で起こったことが消化できずにいます。

11月になって最初の数日間は、人生で初めて味わったフラッシュバック?PTSD?に
日常生活が送れるかどうかの不安がありました。*3
でも日常は不思議なくらい今まで通りに過ぎていきました。
だから、並行してセッションを受けるべきかも自分のなかで結論が出ないままです。

課題図書を読んでは、自分にもあるかもしれない問題探し・普通じゃない部分探し
ばかりしている自分がいます。
たとえば、こうやってコメントを書き込んで、みんなに読んでもらうってことは、
わたしにとって、自分に注目してもらいたいとか*4それが問題なのかな、とか。
そんな風な意味があるんじゃないかな。


どの行動も、どんな意識も上がってきては否定したくなったり、
問題行動なんじゃないか、って疑ってみたり。
きりがないまま、うろうろしてます。

みなさんが変わり始めている様子を拝見して、すごいな。うらやましいな。
わたしもそんな風になりたいな、って思って、コメントを読んでいるだけで、
もう何週間も経ってしまいました。

 

*1:オープンセッションのこと。受講生が見ている中でセッションを受けること。セッションを受ける本人はもちろん、見学している側にも反応が起こったり、気づきがあったりする。リトリーブの基礎・プロともに毎回講義の最後に実施されます。

*2:具体的には見ていて、体がガクガク震え始めて、アシスタントさんに抱きしめてもらってもまだ震えが止まらず、挙句の果てにはその場にいることができなくなり、逃げ出してしまったり奇声を発してしまったりしました

*3:2日目の自分の反応は、解離みたいな感じでオジさんのような別人格がでていたような記憶があり、それは自分で解離を自覚した最初の日で、怖くて怖くてたまりませんでした。

*4:この時点で気づいてたのは、今思うと驚きですが、この演技性な部分はこの後基礎卒業してプロの初日まで続きました、、、