読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

たまごかけごはん

リトリーブサイコセラピーを勉強中(プロコース卒業済み)です。講座で勉強したことや、自分のあゆみを振り返ってまとめています。

演技性パーソナリティ障害??

他人を魅了しなければ、自分が無価値になるという思い込みである。
自分の前にいる者を魅了し、驚かし、注意を惹きつけることが、
自分の存在を保つために、何よりも重要と考えるのである。

中略

演技性パーソナリティ障害の人にとって、
他者の目、他人の評価こそが重要なのである。
だが、ナルシシストのように、生身の自分そのままで勝負するほど、
自分を愛しているわけではない。
彼らは、自分が空想する幻の自分を作り出し、それで勝負しようとするのだ。
あたかも、その空想の中の自分が、現実の自分であるかのように錯覚することで。

ー「パーソナリティ障害」岡田尊司PHP新書)よりー


基礎中盤〜プロに進んでからも、私のベースに「演技性」の部分が強くあると自覚はしていて、人の注目を集めるための無意識的な行動が多い、ということを客観的に気づいてからしばらくは、とても苦しい日々でした。

 

演技性パーソナリティ障害の人は、つい周囲の気持ちに合わせて反応したり、
振舞ってしまう。
みんなを楽しませ、みんなに愛されることで、自分を保とうとするのだ。

中略

そういう生活を、子供のころからずっと続けているため、自分の本当の気持ちというものを、ほとんど省みなくなっている。

ー同著よりー


今でも「演技性」が出てしまうのではないか、とふとした時にも自戒することがあり、
なんとか自分の中に意識を戻すために、基礎卒業後から、自分の軸からそれそうになるたびに自分が決めた事やモノに意識を向けることで、自分の感覚に触れるという意識付けをしてから約半年。
今もその習慣を続けていて、無いよりはある方が意識しやすいと感じてます。

◆2015年12月8日 (長いので抜粋)

ひとりごとです。そして愚痴です。わたしは弱いです。
そして弱いですアピールをして構われたいと思ってます。

この前、ここで質問をしました。回答や反応を得られていない期間が長くなり、ざわざわ苦しく所在ないです。

この自分の気持ちを感じて言葉で書くと、
「あー、またわたし変なことしたのかな。回答に値しないことを書いてしまったのかな。みんなわたしがアホなこと書き込んでるって心のなかで笑ってるのかな。この人やっぱりだめだなって思われてるのかな」
と、自分の行動の否定を始めてます。

そして、書いてしまったことを無くしてしまいたい、
削除してしまいたい気持ちになります。。
こうやって、不都合なことには向き合わず自分の本当の感情を
無かったことにして生きてきたんだなと思います。

見てもらえる、取り合ってもらえるものにだけ価値をおいていることが
よく分かります。
うすうす感じていたけれど、言葉にすると恥ずかしいです。
ほんとにほんとに恥ずかしいです。
そして、そうやってまた、わたし否定をし続けます。

振り返ると小学生の頃、プリントや書き取りのノートに
誤りを残すのが嫌で、間違った回答はすべて消ゴムで消して、
正しいものだけを書き残す癖がありました。

わたしの勉強の跡は、まるで解答集でした。
自分でも嫌いな癖でした。
なぜそうしないと納得できないのか、自分でも分からないまま
大人になりました。
認められるものしか、誰かが○をつけたものしか、
自分のなかで価値を持てなかった。

誰か(母親)に誉めてもらいたかったとか、認めてもらいたかったとか、
そういう類いのことなのか、何か別のところから来てた感情なのかは、
まだ分からないです。
きっとまだそれを知りたくなくて自分がうやむやにしてるのを感じます。

結局何について感じようとしていたのか、整理していたのか、どうなりたいと思ってたのか、自分で頭の中をぐしゃぐしゃにしています。

これまで頑張ってきた自分も、病気にばかりなる自分も、
自分の感情が分からない自分も、頭ばかり動く自分も、
自分のことを否定し続けてる自分も、なかなか素直になれない自分も、
落ち着いて自分に向き合えない自分も、
こんなこと書いてまた甘えてるって言われるんだろうなって
予防線を張ってる自分も、大嫌いすぎてびっくりです。

嫌いなもんは嫌いです。ほんとは好きなのに大嫌いです。

インナーチャイルド癒してる場合じゃないです。