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たまごかけごはん

リトリーブサイコセラピーを勉強中(プロコース卒業済み)です。講座で勉強したことや、自分のあゆみを振り返ってまとめています。

トラウマとPTSD

振り返りはちょっとおやすみ。今月の勉強会で知ったことまとめです。

 

  • 仮にトラウマとなる体験をしたとしても、必ずしもそれがトラウマとしてその人の中に残り続けるとは限らなくて、たとえば、その人に安心安全が確保できる場があれば、トラウマにはならない可能性がある。
  • PTSDは、トラウマが原因となり発症する症状の一つ。
  • トラウマは中期記憶として記憶される。それは、ストーリーとして記憶されることもなければ、忘れられることもなく、分裂した形で残り続ける記憶。
  • 記憶や感覚が、言語と結びつかない状態であることで、暴露療法などで深くみていこうとするとより強固にロックがかかることがある。
  • それを言語化したり、認識できない感覚は、まずそれを感じることを本人が許可できるところまで持っていく必要がある。(タッピングとか、原始反射が有効になる場合がある)
  • 強いPTSDのセッションになってしまった場合、揺り戻しがくる場合がある。逆に、終わった時にスッキリしていなくても、後からじんわり変化が感じられることもある。

 

 

これらを講座で教えてもらい、頭で理解できたので、その後クライアント側を体験させてもらったら、ぼんやり感じていた感覚を取り出して、感情解放するまでに進めることができた気がします。

 

以下、クライアントとしてのわたしのメモです。

 

・主訴
リトリーブ(心理)の勉強をしている事を、周りに言えない


・理由

  • つらい体験(トラウマ体験)を母に言えない自分を重ねていた
  • わたしにとって、リトリーブは私のトラウマそのもののような存在だった
  • そもそも私は母を守ってあげようと思って使命で産まれてきた感覚があった
  • だから自分の気持ちを優先して話すことが出来なかった
  • そもそも何をされているのか理解できないほど自分は幼かった
  • それを表現する言葉を持ち合わせていなかった
  • さらに母が父に貰いたいものを私が奪っている感覚もあった
  • でもそれは本当に気持ち悪い感覚で受け入れがたかった(トラウマ体験)
  • 父には怖くて言えない、母にも申し訳なくて言えない(安心安全の場がない状態)、とにかくがまんして閉じ込めようとした


・考察
頭の中でこれらが同時に起こって、処理能力を超えて破裂して、トラウマとして残ったのでは?


・感情解放

感情解放は、自分が知ってる方法でしかできないと感じました。途中、セラピストさんに「発散させないで、しっかり内側から出す!」と、アシストしてもらい、自分のやり方を軌道修正できました。

それは、これまでとても衝動的に感情解放をしてきた自分にとっては難しい行動でした。結局、自分の感情を感じきるのが怖いので、衝動的に発散させることで達成感を味わおうとしてしまうのだなと思いました。本当の気持ちは、激昂するような感情ではなく、じんわりとした絶望感であり、すべてのちからを奪われるような無力感に近い感情だったような気がします。静かに胸の内に強くしまいこんだ感情。

昨日、そのことについて考えていましたが、人は自分との約束を無意識に守って生きているように感じました。いつかの時点で、自分と交わした約束や決意。プラスにのマイナスにもそれは強い効力を持っている、と感じました。

 

この勉強会に参加してよかったです。来月からも、定期的に勉強会に参加して、自分の問題を通して学びを整理していけたらと思います。