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たまごかけごはん

リトリーブサイコセラピーを勉強中(プロコース卒業済み)です。講座で勉強したことや、自分のあゆみを振り返ってまとめています。

性虐待の記憶はいつか戻る時がくるのか

記憶をさかのぼると、はっきり映像として思い出せるのは小学校2年性の時に、全校集会の時にシーンとした体育館で突然叫んでしまい、先生が走ってきてわたしをビンタした時です。はっ、と目がさめるようにびっくりしたと共に、とても悲しい気持ちになったのを覚えています。

 

小学校の低学年くらいまでは記憶が断片的にしかなくて、あとは写真をみて思い出を記憶した、ような感覚で自分の中に残っています。特に5歳くらいまでの記憶は皆無です。みんなそんなもんだろうと思ってましたが、そうでもないようですね。

 

セッションを何回も受けてきて、何度もその時の感情が蘇り、その度に苦しさを感じてきたけれど、結局1年半経ったいまでも、光景は顕在意識にのぼってくることがありません。

 

人は恐怖に対して、それを見えないようにしまいこむか、もしくは恐怖に対する対処を取れるように見えていたいか、どちらかなのではないでしょうか。もう半分見えているような状態で、しまいこみ続けることができない今、見ることもできない状態で過ごしているのは、実はかなりのストレスだなと最近は感じています。

 

いつ思い出すのか分からない不安が、常につきまとっていて、自分を怖がらせることはしたくないと思いつつも、内観するときに「この感情を強めてしまうと、もしかして、、、」という壁にぶつかってしまい強くなって止める。という繰り返しになってしまうことも、少なくありません。

 

いつか、その光景をありありと思い出してしまっても、わたし自身が耐えられるほどに心を柔軟に育てていくことができれば、思い出す日もやってくるのかもしれません。