たまごかけごはん

リトリーブサイコセラピーを勉強中(プロコース卒業済み)です。講座で勉強したことや、自分のあゆみを振り返ってまとめています。

あなたの中に、あなたはいますか?

自分の中にある解離グセを認識して、はや1年と少し。

解離を完全に止めることはなかなか難しいけれど、解離してる時に「あ、私がいない」と気づくこともできるようになってきた。

 

解離(かいり)という言葉は、精神医学・臨床心理学の範囲に限っても、使われる場面によって様々に顔を変える。それをあえて抽象的に定義するならば、感覚、知覚、記憶、思考、意図といった個々の体験の要素が「私の体験」「私の人生」として通常は統合されているはずのもののほつれ、統合性の喪失ということになる。

Wikipediaより

 

わたしの場合、セッションの中で何度か、感情や感覚が「わたし」とは異なる意志を持って行動をコントロールしている場面はあったけれど、「解離性障害」とまでは言えないレベルの解離が、日常的に頻発している状態なのかなぁ、と感じています。 

 

今回のセッションで、頭の中(心の中、身体の中とも取れる)が空洞になる体感を何度も感じ、わたしの実体が抜けたり入ったりする感覚は前より強くなってきていて、これをやる(言う)と抜ける、というのが事前に分かるまでになってきたことに気づいた。

また、父にも解離グセがあったと知ることが出来た。

 

今日気づけた大きなこととして、もうひとつ。

実体が抜ける時の感覚を幼い私は、「私がどこかに行ってしまう」「わたしが隠された」「連れて来て」と表現していた。

たぶんわたしの中でわたしを守る存在(わたし)がいて、ほんとうの自分を居なく(感じなく)させることで、耐えていたのだろうと思った。

説明が難しいけど、通常はほぼ同じ意識を持った2人が存在していて、辛いことが起こりそうな時に、感覚を司るA子が居なくなりB子ひとりが外の世界と対峙してる形になる。B子は突然ひとりになり、A子を探してるんだけど見つからなくて、ひとりで私の体を守ってる。そんな感じ。

私が探してるものって、このA子の感覚なのかも知れない。失った感覚やA子側が持ってた感情。一緒になりたい。ここに居ていい。そうしていきたい。